2016年1月11日月曜日

元「少年A」のホームページ

元少年Aとは例の『酒鬼薔薇聖斗事件』(1997年)での、当時14歳の中学生の犯人のことである。覚えている方も多いだろう。
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先日、私は徒然なるままに、我が町の図書館から月刊誌『新潮45』の昨年の11月号を借りてきた。月刊誌のバックナンバーは借りることができるので、私は時々『文言春秋』を借りて読んでいる。(新刊号の月刊誌は図書館内でしか読めない)
月遅れの雑誌のみが借りることができるのだが、私は新鮮な、up-to-dateな時事等は興味ないから、バックナンバーで充分である。そして面白そうなモノだけ、つまみ読みするだけだから新刊号を自腹を切って買おうとはユメユメ思わない。私はケチなのである。
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上に書いた月刊誌『新潮45』は私は実は初めて借りてみた。これをパラパラとみていたら、或る作家が元少年Aのホームページ開設にたいする批判が載っていた。
ホームページを閉鎖せよ、と書いてあるのだが、私は少年Aが現在自身のホームページを公開していることは知らなかった。そこで其のホームページを見てみたのだが、私には興味を感じさせるものは何もなく平凡な詰まらないシロモノであった。
元少年Aのホームページ閉鎖を勧める其の作家は、その記事によって結果的に皮肉にも、元少年AのホームページをPRしたことになる(事実、私は知らなかったのだから)。
尤も此の日記も其のホームページをPRしたことになるのだから同罪だとも言える。
(詰まらぬホームページだから、知らない人はわざわざ見ないほうがよい。)
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少年審判は非公開であり、審判の内容は公開されず、審判の結果も公開されないが、この事件は人々からの注目度が著しく高かったので、家庭裁判所は例外的に精神鑑定の結果を公開した。昨年の『文芸春秋』の何月号だったか忘れたが、この事件の審判文の全文が掲載された。私は其れを読んでおり、この事件の猟奇的な奇怪さを思いだしたのだった。
↓には此の事件の全容が書かれている。思い出したい方は見ると良い。



2016年1月3日日曜日

この世に重要なものは一つもない

昨日、「日本のジレンマ」とかいうテレビのトーク番組をみていたら、

・・・この番組は20代30代あたりの若者達がトークしていたのだが、ともかく早口の人達ばかりで、当方の聴力の劣化のため喋っているコトの意味が、よく聞きとれなかったのだが・・・

瞑想家だかの坊さんがいて、ぽつりと言った。

たしか、『この世に重要なものは一つもない』と私には聞こえた。

その坊さんの発言の真意は分からないが、周りの出席者達の饒舌の中にあって、この発言には私はギクリとした。

大体、坊主たちや瞑想家と称する人種たちの言葉は、まぁ
マユツバものが多そうだが、しかし、『この世に重要なものは一つもない』と言われてみると、案外そうかも、と私は思ってしまった。

平和ぼけのタワ言と云われれば、ミもフタもなくなるが、しかし、この『この世に重要なものは一つもない』は確かに真理に私に思える。

この発言を逆に見ると、結局、、この世で最も重要なモノ・コトについて大多数の人が・・・私を含めてだが・・・無知だということだろう。

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頼みもしないのに今生に生まれてきて、そして何処かへと消えていく我々にとって、この坊さんの言葉は私には印象的ではあった。