中国に纏足(てんそく)という風習があった。今でも田舎にはあるかもしれない。
纏足(てんそく)なるものが分からなかったら、ネットで調べたらよい。
今やオリンピック出場アスリート達は纏足させられたor自ら纏足に走ったカタワだとオレは思っている。
まぁ、そのカタワ共はいいとして、このオリンピックなる茶番劇が更に卑しいのは、それに、まつわりつく政治屋ども達だ。そのイヤラシサは顔を見れば分かる。
こんなものに金を使うくらいなら、もっとマトモな使いみちがあるだろうに・・・
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尤も、現代はオリンピックに限らず、全てのアレコレが纏足化しているとも言える。
そう見えるのはオレだけか。
2016年2月26日金曜日
2016年2月25日木曜日
オリンピックという曲芸
どうでもよいことだけど、オリンピックの出場アスリート達は、もはや曲芸師達だな。
どんな『競技』でもよいけど、その「記録」争いは気違い沙汰であってオレから見れば狂人達に他ならない。
昔の東京オリンピックの南春夫の歌は笑えたな。
今度も、どこかの馬鹿が歌うのだろう。
山登りには『そこに山があるから』という大義があるようだが、オリンピックの時代錯誤には本当に呆れるゼ・・・そうか、要するに銭儲けか。
銭儲け亡者と曲芸師達の茶番劇・・・
また3/11の天罰が下るな。
どんな『競技』でもよいけど、その「記録」争いは気違い沙汰であってオレから見れば狂人達に他ならない。
昔の東京オリンピックの南春夫の歌は笑えたな。
今度も、どこかの馬鹿が歌うのだろう。
山登りには『そこに山があるから』という大義があるようだが、オリンピックの時代錯誤には本当に呆れるゼ・・・そうか、要するに銭儲けか。
銭儲け亡者と曲芸師達の茶番劇・・・
また3/11の天罰が下るな。
2016年2月22日月曜日
私が見捨てた小猫の話
『 過ぐる日は はるけきかもと 言ひしかど、
人は すなわち はるけくなりつ 』(釋超空)
***
私の家の近くに運動公園がある。その公園の入り口近くに、小さなツツジの群れが、その公園を囲むように植えられている。
もう何十年前になるだろうか、その頃は私が飼っていた犬も健在で、ほぼ毎日のように私は犬を連れてその公園へ散歩に出かけたものだった。
その公園の周りのツツジの群れの中に小さな空洞が出来ている場所があった。それは少しばかり地面がツツジで覆われるような形状の空洞であった。
ある日、いつものように犬と其処を通るとき、その空洞に、二匹の子猫が寄り添うように居た。二匹とも、全身真っ白な子猫で、同じ親から生まれた捨て猫であることは明らかだった。大きさから見ると生後一ヶ月ほどらしかった。
私は、それまで似たような捨て猫を何匹も飼ってきていて、当時も既に家には二匹の猫が同居していた。
さて、どうしたものかと私は悩んだ。
その公園には比較的多くの人が、いつも出入りしている。この空洞も人目につきやすい。
私がこの子猫たちを見捨てても、誰か動物好きな親切な人が見つけて育ててくれるだろうと私は割り切った。そして知らぬふりしてその空洞を通り過ぎた。
今や、あれから何十年も過ぎた。犬ももう亡くなっていない。
そして私は、現在、朝のウオーキングで其の公園へ独り行く。
公園の周りのツツジも当時のままだ。小さな空洞もそのまま在る。
私はその、何も無い空洞を通るとき、あの子猫たちはどうなっただろうかと思いやらずにはいられない・・・否、思いだすまいとしているのだ。 私もこの子猫たちを見捨てたのだから。
気障ったらしく甘ったれて言えば、掲題のうたは、この子猫たちと私への挽歌といえよう。
***
そして、この子猫たちが幸福な生をまっとうしたことを密かに願いつつ。
人は すなわち はるけくなりつ 』(釋超空)
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私の家の近くに運動公園がある。その公園の入り口近くに、小さなツツジの群れが、その公園を囲むように植えられている。
もう何十年前になるだろうか、その頃は私が飼っていた犬も健在で、ほぼ毎日のように私は犬を連れてその公園へ散歩に出かけたものだった。
その公園の周りのツツジの群れの中に小さな空洞が出来ている場所があった。それは少しばかり地面がツツジで覆われるような形状の空洞であった。
ある日、いつものように犬と其処を通るとき、その空洞に、二匹の子猫が寄り添うように居た。二匹とも、全身真っ白な子猫で、同じ親から生まれた捨て猫であることは明らかだった。大きさから見ると生後一ヶ月ほどらしかった。
私は、それまで似たような捨て猫を何匹も飼ってきていて、当時も既に家には二匹の猫が同居していた。
さて、どうしたものかと私は悩んだ。
その公園には比較的多くの人が、いつも出入りしている。この空洞も人目につきやすい。
私がこの子猫たちを見捨てても、誰か動物好きな親切な人が見つけて育ててくれるだろうと私は割り切った。そして知らぬふりしてその空洞を通り過ぎた。
今や、あれから何十年も過ぎた。犬ももう亡くなっていない。
そして私は、現在、朝のウオーキングで其の公園へ独り行く。
公園の周りのツツジも当時のままだ。小さな空洞もそのまま在る。
私はその、何も無い空洞を通るとき、あの子猫たちはどうなっただろうかと思いやらずにはいられない・・・否、思いだすまいとしているのだ。 私もこの子猫たちを見捨てたのだから。
気障ったらしく甘ったれて言えば、掲題のうたは、この子猫たちと私への挽歌といえよう。
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そして、この子猫たちが幸福な生をまっとうしたことを密かに願いつつ。
2016年2月10日水曜日
憲法第9条の幻想と大嘘
『第9条を守る会』というシロモノがあるそうだ。
ネットで調べてみたら、爺さん、婆さんたちの顔写真が載っていた。
(どうもオレ好みでないヤツらばかりだった。)
***
試しに第9条を書いてみよう。以下がそうだ。
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
***
そもそも憲法に限らず、文章というものは曖昧である。
だから、『正義』『平和』『戦争』『永久』『陸海空軍』『戦力』って一体、何?
という疑問が先ずある。その定義をハッキリさせてくれないと此の第9条なるものの意味がオレには分からない。
しかし、それでは話が先に進まないから、なんとなく分かったことにして、この9条を、もし織田信長が見たら彼は、どう思うだろうか? たぶん軽蔑して、嗤いとばすだろう。
***
織田信長は昔の人だからナンセンスとは言わせない。
なぜなら、いつの時代でも現世の実態は同じだからだ。
***
ところで、先日、NHK TV で『サイバー攻撃の実態』のドキュメンタリーを放送していた。
そのサイバー攻撃者は、『国際平和を誠実に希求し』ているに違いない日本の主婦のブログのサーバーを介して、この国の国益に値する情報を盗みとっていた。
今や、情報『戦争』の時代でもあるのだ。今後、その脅威はベキ乗的に強まるだろう。
実際のところ東京オリンピックでは何が起こるか知れたものではない。
さぁ、どうしてくれる憲法第9条さんよ!!
ネットで調べてみたら、爺さん、婆さんたちの顔写真が載っていた。
(どうもオレ好みでないヤツらばかりだった。)
***
試しに第9条を書いてみよう。以下がそうだ。
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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そもそも憲法に限らず、文章というものは曖昧である。
だから、『正義』『平和』『戦争』『永久』『陸海空軍』『戦力』って一体、何?
という疑問が先ずある。その定義をハッキリさせてくれないと此の第9条なるものの意味がオレには分からない。
しかし、それでは話が先に進まないから、なんとなく分かったことにして、この9条を、もし織田信長が見たら彼は、どう思うだろうか? たぶん軽蔑して、嗤いとばすだろう。
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織田信長は昔の人だからナンセンスとは言わせない。
なぜなら、いつの時代でも現世の実態は同じだからだ。
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ところで、先日、NHK TV で『サイバー攻撃の実態』のドキュメンタリーを放送していた。
そのサイバー攻撃者は、『国際平和を誠実に希求し』ているに違いない日本の主婦のブログのサーバーを介して、この国の国益に値する情報を盗みとっていた。
今や、情報『戦争』の時代でもあるのだ。今後、その脅威はベキ乗的に強まるだろう。
実際のところ東京オリンピックでは何が起こるか知れたものではない。
さぁ、どうしてくれる憲法第9条さんよ!!
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