実は以下の話は10年程前の話で今日只今は更に状況が格段に進んでいるだろう。事実、私自身がIT弱者になりつつある(嘆息)
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或るSNSで、或る方が以下の趣旨のことをコメントされていた。
『(前略)大病院で、看護師さんたちがIT機器に振り回されて必死で、患者を全く顧みる余裕がないのを経験したことあります。(後略)』
この方の問題提起について少し考えてみよう。
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私の個人的体験から言うと( これはあくまで電子工学方面でしかないが )、IT革命の始まったのは、真空管がトランジスタ化された頃からではないかと思う。年代から言えば1960年代頃からだという気がする。トランジスタは集積回路化され小型化はネズミ算式に進み、その影響は他の周辺部品にも波及していき、それらのコストも反比例式に下げられ、それらは火に油を注ぐが如く、まさに気違沙汰のように電子機器は『改良』されていった。
恐らく他の工学部門も似たような状況だろう。まさに改革という名の狂気が開始されたと言ってよいだろう。このことを如実に示す例がある。私が入社した頃は電子計算機というモノはエンジニアと言えども極めて特殊の人しか使わないし使えなかった。
しかし、1980年頃から状況は一変してくる。会社事務部屋にコンピューターが入り込んでくる。1990年頃になると、PCは一人に一台を、もつようになり、かつ又、PCの事務関連ソフトを使いこなせるのは、以前は『お茶くみ』だった女性社員が圧倒的に多くなる。いわゆる窓際族のおじさんたちのPCの実質的教師は、これらの女性社員たちとなる・・・という、ある種の逆転構造が通常となってきた。
そして2000年頃になると一般家庭にもPCは侵入し始める。PCは現代の科学革命の主役である。PCのハードウエアが革命という名の狂気で燃え盛るなか、それに連動してソフトウエアも革命という名の狂気で燃え盛り、その代表例がインターネットとなる。
そして、ただいま現在において、その狂気沙汰が、いかに凄まじいかは貴方方御自身がご承知のはずだ。
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この気違い沙汰に、追いついていけない人たちは当然存在する。実は私もその一人だ。私は携帯電話はあるが、その機具にはメール機能はつけていない。つまり私は携帯メールを使えない。現在において携帯メールが使えないというコトは或る種の欠陥を抱えていると言えはしまいか。
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あるいは、こうも言えはしまいか。上のふじのさんのコメント文の中の『看護師さんたち』を『医者たち』と変えてみたら・・・、その文章は誤りと断言できるだろうか。即ち、こうだ。
『(前略)大病院で、お医者さんたちがIT機器に振り回されて必死で、患者を全く顧みる余裕がないのを経験したことあります。(後略)』
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その或る方の上記のコメントに対して私は以下のようにリコメントした。
『この革命は勿論病院にも押し寄せており、それは決して悪いことではなく、むしろ歓迎すべきことです。しかし、私は或る象徴的な場面を病院受付所で見ました。特に大きな病院では、病院受付はIT機器で自動受付機が設置されていて、自分でその受付機を操作して受付を済ます。という所で私が見た光景です。
あるお年よりが、その受付機でウロウロしている。操作方法が分からない様子らしい。そこへ病院の受付係りの人が寄ってきて、いわく、
『ジイちゃは、これはね、こうしてね、・・・』
ジィちゃん、いわく、
『オラ、わかんねぇ』
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貴方は、このお年より嗤えるだろうか。嗤えまい。なぜなら、このお年よりは近い将来の貴方かもしれないからだ。
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私は以下のようにもリコメントした。
『現在、PCが使えないという人は、狭い思いをしているでしょう。なにか時代に取り残さているように感じているに相違ない。 IT革命は確実に、人類歴史上、類を見ない、新しい弱者を生んでいるのですね。もっと極論すれば、新しい差別を生んでいる。』
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先日、TVをみていたら、今回の選挙での党首討論はインターネットで行うそうである。
ならば、インターネットを使えない人たちはどうなるのか?
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私は、今、新しい差別がうまれつつあると思っている。