2015年7月24日金曜日
『一言芳言』と『かぞえ唄』
『一言芳言』という、中世における念仏者たちの言を集めた聞書集がある。
その中に有名な下記の言がある。
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有(ある)人云く、比叡の御社(おんやしろ)に、いつはりて、かんなぎのまねしたる、なま女房の、十禅師の御前にて、夜うち深け、人しづまりて後、ていとうていとうと、鼓をうちて、心すましたる声にて、『とてもかくとも候、なうなう』とうたひけり。その心を人に問はれて云く、『生死無常の有り様を思ふに、この世のことはとてもかくても候。なう後世(ごぜ)をたすけたまへ』と申すなり、云々
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私は此の言の意味よりも、言葉遣いが大変面白いと思う。「ていとうていとう」とか、「とてもかくても」とか、「なうなう」とか。
真夜中、人気のない社で独り鼓を「ていとうていとう」と打つ「なま女房」は、私には或る種の「不気味さ」と、言い知れぬ「悲しみ」を感じさせる。
その「不気味さ」と言い知れぬ「悲しみ」は、芥川龍之介が『点心』で紹介している池西言水の一連の以下の句に通底している。
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「姨(をば)捨てん湯婆(たんぽ)に燗(かん)せ星月夜」
「黒塚や局女(つぼねをんな)のわく火鉢」
「御忌(ぎょき)の鐘皿割る罪や暁(あけ)の雲」
「つま猫の胸の火や行く潦(にはたづみ)」
「夜桜に怪しやひとり須磨の蜑(あま)」
「蚊柱(かばしら)の礎(いしずえ)となる捨子(すてご)かな」
「人魂(ひとだま)は消えて梢(こずえ)の灯籠(とうろ)かな」
「火の影や人にて凄き網代守(あじろもり)
「あさましや虫なく中に尼ひとり」
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特に最後の句は、『一言芳言』の伝える上記の「なま女房」を連想させる。
同様に童唄というものにも、言葉遣いの面白さがある。
以下の「かぞえ唄」も其の例であって、ここには「言い知れぬ哀調」があり、私は此のような種類の古謡の背後に、『一言芳言』の「なま女房」の声をも聞こえるような気がする。
https://www.youtube.com/watch?v=dA5DjAN2Wlo