以下は昭和24,5年頃の話であるが、我が故郷・金谷(かなや)町は、小さな地区に分割され・・・その地区は、せいぜい数十軒単位であったが・・・その地区ごとに子共会があった。その子供会は小学生以下の隣・近所の子供たちから構成されていた。
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その子供会には子供たちだけによる幾つか行事があった。詳しくは忘れてしまったが、その一つだけは覚えている。それは冬の晩に行われた『火の用心の呼びかけ』であった。地区内の子供たちが集まり、その地区内の小道を歩きながら、拍子木を叩き、『火の用心!!』と大きな声で合唱するのであった。
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その行事は、たぶん、小学校の冬休みの日に毎晩のように行われたと記憶している。毎晩、約10名程度の子供たちが集まり、その中の一人が拍子木を叩き、先ず一人が『火の用心!!』と叫ぶ。その後、他の子供たちが『火の用心!!』と大声で復唱するのであった。
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この行事への参加は強制されたものではなく自由参加であったが原則として小学生に限られていた。しかし小学生以下の子供も面白がって参加したものだった。
いわゆる『遊び』というものが少なかった時代であったから、この行事は当時の子供たちにとっては恰好の『遊び』だった。夕暮れ時に、気ごころ知れた遊び仲間たちが、遊び慣れた近所を一緒に歩くと言うこと自体が面白く、私は毎晩のように参加したものだった。
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『火の用心!!』という文言は、これ以外の文言も叫ばれたものだ。例えば『マッチ一本、大火事のもと!!』とか。これらの文言以外に、どのような文言が使用されたか今となっては忘れてしまったが、他に、一つだけ覚えているものがある。
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それは、こんな文言は以下のようなものだった。
『いくら、かわいい、わが子でも、マッチ一本、もたせるな!!』
ところが此の文言がPTAあたりで問題視された。子供らしからぬ文言だというのであった。
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いつの時代でも、子供たちのアレコレに過剰に反応する親たちがいるものだ。『いくら、かわいい、わが子でも』という文言が、そのような親たちには、耳障りに聞こえたらしい。今から振り返ってみても、私はアホくさく思うのだが、ともかく此の文言は禁句となってしまった。
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いずれにせよ、この『火の用心!!』合唱『遊び』は、私の子供の頃の懐かしい思い出となっている。たぶん現在は此のようなコトは子供たちには行われていないだろう。良きにつけ悪しきにつけ、子供たちの『遊び』そのものが変質してしまってるだろうから。
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さて音楽は何にしようか。私は江戸川乱歩の『怪人二十面相』が大好きだったが、それにしよう。この『火の用心!!』遊びは、私にとっては、ちょっとスリリングな遊びだった。私の地区には、お墓もあったし、竹藪もあった。その傍の小道を歩くとき、なにか怪しげなモノが隠れているように私は空想したものだった。
https://www.youtube.com/watch?v=HBYfpsfL9UE