2015年1月8日木曜日

『磯野家の謎』(東京サザエさん学会)

掲題の本は平成4年に出版されベストセラーとなった。

私は先日、サザエさんが登場する詩『花冷え』について書いたが、時代的に推定すると此の詩の作者は掲題の本に触発されたかもしれない。ということに私は思いついた。

そうすると此の詩の「個性」も半減するのだが、それにしても依然として私は此の詩の全容を知りたいのだ。

その念願が達成する可能性は限りなくゼロに近いが、先日此の日記を書いたので、私の頭の隅に隠れている此の詩の記憶を丹念に堀起こしてみた。

この詩の作者は女性であることは確かだから、此の詩の主題は、『マスオの磯野家における婿という立場が如何なるモノであったか』という点にあったらしい、ということにウッスラと気づいた。

『嫁対姑』は永遠の「問題」だが、『婿対姑』も永遠の「問題」だと言える。この種の「問題」は、特に女性たちには敏感故に女性たる作者は、あえて此の「問題」をバロディ化したのだろう。

この詩の作者は、一見、桜花の盛りのように温かそうな磯野家における入り婿マスオの真情を探りに訪れたらしい。

その結果、マスオ氏は必ずしも磯野家において居心地が良いものではないと作者は直観したらしい。

この詩のタイトルが『花冷え』であることは其れを暗示させている。

しかし、この点については『磯野家の謎』では解いていない。

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詩の作者である「私」が磯野家を訪れたときは、サザエさんは不在であったが、「私」が磯野家を去り帰宅する途中でサザエさんが追いかけてきて、夕陽を背に「また、いらしてくだい」と「私」に呼びかけるサザエさんの姿は、やはり磯野家の、象徴としての櫻花であり春であると「私」は感じたに違いない。

たとえマスオ氏が「花冷え」であったとしても。