2016年9月5日月曜日

秋の虫の声

私は今迄気づかなかったのだが、早朝(4時頃)、風呂に入っていたら、外から盛んに虫が鳴いていた。 そうか、もう秋か。
私は酒は昔より飲ななかったが、というより飲めない体質だから当然、朝酒はしない。 だから朝湯はしても、「朝寝、朝湯が大好きな」ナントカさんとは違う。
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ネットで調べたら、こう書いてあった。
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・西洋人は虫の音を機械音や雑音と同様に音楽脳で処理するのに対し、日本人は言語脳で受けとめる

・日本人は虫の音を「虫の声」として聞いているということ

・音楽、機械音、雑音は右脳、言語音は左脳というのは、日本人も西洋人も共通である

・母音、泣き・笑い・嘆き、虫や動物の鳴き声、波、風、雨の音、小川のせせらぎ、邦楽器音などは、日本人は言語と同様の左脳で聴き、西洋人は楽器や雑音と同じく右脳で聴いている

・日本人でも外国語を母語として育てられると西洋型となり、外国人でも日本語を母語として育つと日本人型になってしまう

・日本人は太古から自然の恩恵を受けながら自然と共に暮らしてきました。
そこに存在するすべての音も景色も「美」として捉えていたのだと思います。

・日本独特の「わび・さび」も情緒では無く論理的に判断をしているのです。
この感受性は世界に誇れる感性なのです。

・日本の子供が「ワンワン」と答えるのは当然である。親が犬を指して「ワンワン」と教えるのであるから。同様に猫は「ニャーニャー」、牛は「モーモー」、豚は「ブウブウ」、小川は「サラサラ」、波は「ザブーン」、雨は「シトシト」、風は「ビュウビュウ」。まるで自然物はすべて「声」をもつかのよう
(私以前書いた日記で『いろいろな猫のこと(その3)』、猫が「ワンワン」と、言ったこと
https://www.blogger.com/blogger.g?blogID=6510294281337842087#editor/target=post;postID=5703279476464942020;onPublishedMenu=allposts;onClosedMenu=allposts;postNum=39;src=postname
・擬声語、擬音語が高度に発達しているという点が、日本語の特徴
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人間の脳の、例の右脳と左脳の違いの話であるが、果たして此れが世界共通の認識かどうかは私は知らない。 しかし、朝風呂に入りながら、虫の声を聞くというものは、いいのである。
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1.あれまつむしがないている
チンチロチンチロチンチロリン
あれすずむしもなきだした
リンリンリンリンリインリン
あきのよながを なきとおす
ああおもしろい むしのこえ

2.キリキリキリキリきりぎりす
ガチャガチャガチャガチャ くつわむし
あとからうまおいおいついて
チョンチョンチョンチョンスイッチョン
あきのよながを なきとおす
ああおもしろい むしのこえ

作詞/作曲 作者不詳 文部省唱歌
「尋常小学読本唱歌」(1910年)より引用

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其中に金鈴をふる虫一つ (高浜虚子)
虫時雨銀河いよいよ撓んだり (松本たかし)
虫しぐれ吾子亡き家にめざめたり (谷野予志)
虫なくや我れと湯を呑む影法師 (前田普羅)
虫鳴くや離れにて剪る明日の供花 (凡茶)
虫啼くや草葉にかかる繊月夜 (三宅嘯山)
窓の燈の草にうつるや虫の声 (正岡子規)
虫鳴き満ち灯影々々にま団欒あり (福田蓼汀)
啼かぬもの浅間ばかりよ虫の秋 (吉川英治)
水注いで甕の深さや虫時雨 (永井龍男)
本読めば本の中より虫の声 (富安風生)
虫時雨寡黙で通す友寝たり (凡茶)
書きかけの譜面を虫の夜の書架へ (凡茶)
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なるほど、日本人は虫の声が好きなようである。
私も朝風呂に入りながら、一句、ヒネりたいが、残念ながら其のサイノーが無い。
そこで考えた。
あさぶろの そとでなくのは あきの むし (失笑)
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台風12号が九州を通過したそうだ。

まだ、虫の声でウットリするのは早すぎる。