もう今から何十年か前、或る歌人がテレビ番組で女子高校生の短歌を紹介していた。
当時、全国女子高校生短歌大会という催しがあり、其の入選歌とのことであった。
たまたま偶然に見たテレビ番組だったが、そこで紹介された歌は私は今でも覚えている。
それは下記の歌だった。
『 信じない 信じられない 信じたい 投げつけられたトマトのように 』
『 黒板に書かれることが真(まこと)なら 白いチョークを一本ください』
青春という時期は、例えば『信じる』ということにも必要以上に敏感であり、歳とってみれは何でもないことにも、『投げつけられたトマト』のように心がグチャっと赤く傷ついてしまう。
この青春という時期の痛ましさを、『 信じない・・・』のうたは良く表現されていると私は思ったものだ。
また『黒板に・・・』のうた。
私はこのうたを聞いたとき、映画『西部戦線異常なし』を連想した。
(小説でもそうでだろうが)此の映画のラストで、若き兵士が傍の花をとろうとした時、射撃され死んでいく。其の場面は印象的だった。
教室で『まことしやかな』ことを教師は黒板に書き、生徒たちを戦場へと送り出していく。
このような教師の欺瞞を、此のうたの作者である女子高校生は鋭く見抜いている。
ここにも青春というもののもつ鋭敏な眼が此の女子高校生にはある。
尤も現在も健在なら、いい歳のおばさんになっているだろうが。
歳をとるということは、青春の此のような『痛ましさ』や『鋭敏さ』から鈍感になっていくということでもある。
このことは私たちの人生にとって、何か大事なものを失うことでもあるが、また反面、救いでもあると私は思っている。