『心の灯の会』なる超ミニ・コムュニィテイについては先の私の記事『井之頭公園の思い出 (その3)に書いた。
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この『会』では、自作、他作の詩を各自、披露したのだが、当然、私も自作の詩を、いくつか披露した。
今でも、その断片を私は覚えている。それを此処で書いてもよいが、いくら私が厚顔でも此処で恥をさらすわけにはいかない。
我が人生を顧みると、まさに恥の連鎖だった。
その恥を上乗せしても別に今更、一向に構わないのだが、この日記を読む人に無用な不快感を与える必要はない。
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私が上記の会で、一番、親しくしたのは、赤坂の小料理店の板前をしていた、私より一歳上の H 君だった。
彼は中学を卒業後、熊本県の田舎から上京して来て、その小料理店で働いていた。彼は、その店の近くに下宿していた。
私は彼の其の下宿先を訪ねたことがある。
私は其の頃、豊島区の或る木造アパートの 3 畳のボロ部屋で下宿していた。
或る寒い冬の日、私は彼の下宿を訪れたのだが、彼の部屋は、私のボロ部屋より、はるかに立派で、確か 8 畳位の洋室だった。
その部屋は、なんとガス・ストーブがあり、私が訪れたとき、そのストーブは煌々と彼の部屋を温めていた。
私は先ず其れに驚いた。
私のボロ部屋には電気炬燵さえなく、寒い日は布団でもかぶって寒さを凌いでいたものだ。
現在の私は暑いの寒いのと家内から馬鹿にされるほど、気温の変化に異常に過敏だ。
私がボロ下宿で真冬の寒さを蒲団でも被って凌いだ、ということは今では想像すらできない。やはり私は若かかったからこそ出来たのだろう。
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H 君というと、私が先ず思い出すのは、彼の洋室での立派なガス・ストーブである。