2016年7月20日水曜日

『心の灯の会』のこと。(その3)

この『会』の常連の一人に、新潟からだったか上京してきた法政大学の学生がいた。確か、大学一年生だったと思う。

名前は残念ながら失念してしまったが、仮に A 君と呼ぼう。

A 君は片脚に障害があったが、松葉杖は使っていなかった。ただ、片脚を少し引きずるようにして歩いていた。

私は、その障害について尋ねなかったし、彼も何も語らなかった。

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彼も、木造 2 階建アパートの 2 階に下宿していた。

2 階へ行くための金属製の階段が、其のアパートの横側にあった。

彼は、自室へ昇るとき、曲がらぬ片脚を引きあがるようにして自力で行っていた。また地下鉄の階段の昇り降りも、階段の手すりを、つかみながら自力で行っていた。

そういうとき、彼の顔には、うっすらと汗が滲み出ていた。

***
私は彼のアパートの部屋を訪れたことがある。

その部屋は 6 畳程度だと思ったが、本棚があって、本がぎっしりと並んでいた。

その部屋で私たちは何を語りあったか覚えていないが、ひとつだけ覚えていることがある。

それは、各著名人の言葉を集めた写真入り文庫本のアンソロジーについてだった。

その本のなかに太宰治の顔写真や彼の言葉が記載されていた。
A 君は、その太宰治の記事が気にいっている様子だった。

彼は上気しながら,熱っぽく太宰治を私に語った。
そのときの彼の顔には一種の輝きがあった。

そのとき彼は私は眼中になかったようだった。私は黙って、彼の、薄い紅い顔を、まぶしく見るしかなかった。

彼が『心の灯の会』で、どのような詩を披露したかは、覚えていない。

ただ、現在、私が A君を思い出すのは、あのときの彼の上気した、紅色の顔である。

彼も、あのとき、彼の青春の、まっただ中にいたことだけは間違いがない。