私の父方の祖母は、熱烈なる天理教徒だった。
その「いきさつ」は、先の記事の、(その1) に書いた。
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この祖母について、私が今だに覚えていることがある。
私自身は犬や猫は好きだったが、祖母は特に動物好きというわけではなかった。
ただ人並みに草花には興味があったようで、我が家・・・祖母と、私の両親と、私の妹の五人家族だったが・・・の前にはコスモス等が植えてあった。
恐らく、祖母が植えたのだろう。
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その頃・・・私が知っている限りにおいて、即ち、昭和20年代の後半頃から昭和30年代の前半頃・・・には、飼い主の不明な風来猫や風来犬が、家の近所にウロついていたものだった。
或るとき、そのような風来猫が一匹、ふらりと我が家に来て、そのまま居ついてしまった。それは、私が猫好きだった故もあるだろう。
我が家に居ついた其の風来猫に、祖母も両親も妹も別に文句は言わず、無関心だった。
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その猫が我が家に居ついてから、数か月過ぎた頃だったと記憶しているが、その猫が何かの病気にかかったらしく、風呂桶のフタの上で、ぐったりと横になり寝ていた。
そのような状態が数日続いた。
私は心配ではあったが、その頃は動物病院なるものも近所にはなく、私も、また、何の手立てもできなかったし、そのような知恵は私には無かった。
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或る日、相変わらず風呂桶のフタの上でグッタリと横になり寝ていた猫を私がふと見たら、祖母が其の猫の腹を、何やらブツブツ言いながら、さすっていた。
そのとき私が居た場所と風呂桶との距離は 10m程あったから、祖母は私が其の様子を見ているとは気づかなかったはずだ。
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後日、知ったことだが、祖母は、天理教で言うところの 『おさすり』 とかいうモノを、その猫に行っていたのだった。
その 『おさすり』 なるものも、天理教において如何なるモノか私は無知だが、一種の『おまじない』めいたものかも知れない。
その効果かどうか分からないのだが、其の猫は、其のときから元気になっていった。
そして、その猫の回復が、祖母の 『おさすり』 に依るものか偶然に依るものか私には分からない。
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祖母は、その後は、かってそうだったように、其の猫に無関心だった。
祖母の、その猫に対する 『おさすり』 なる行為を知っていたのは、両親も妹も知らなかったはずである。
彼等は相変わらず、その猫に対して、かってそうだったように、嫌がりもせず、また可愛がりもせず、要するに無関心だった。
私は、祖母自身にも、また他の家族にも、祖母の『おさすり』行為を私が見ていたことを、ことさら話したことはない。
ただ、私は、祖母という人の或る一面を、かいまみた思いがした。
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祖母という人は、普段は、気むずかしい人だった。
どちらかと言えば、愛嬌もなく、私や妹に対しても無愛想な人だった。
私の見る限りにおいて、私の母に対してもそうだった。
私の母と祖母との関係は、どの家庭にもあるに違いない、嫁嫁姑の 『いさかい』 が絶えなかった。
母にとって、祖母は実に嫌な姑だったことは間違いがない。
なにかにつけて、私は、それこそウンザリするほど其れを見せつけられたものだ。
しかし、風来猫に対する祖母の行為が、たとえ其れが天理教徒の義務であるにせよ、他人には決して見せない祖母の或る一面を、私は知った思いがしたものだ。
だから、祖母の普段の 『氣むずかしさ』 に私が反発するとき・・・そういうとき、私は風来猫の祖母の 『おさすり』 を思い出し、自制したのであった。