2016年7月28日木曜日

ドットとコンマの話

以下は、よく有る話。

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以前、私はBASICという時代遅れのプログラム言語を使って、自作のフログラムを作成し、絵作り遊びをしていたことがある。

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かの有名なバートランド・ラッセルが、これまた有名な『ラッセルのパラドックス』を発見し数学界を震撼させたとき、 『いい大人(おとな)が、こんなコトしてていいのか』 とかなんとか言ったそうだ。

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私が其の絵遊びのプログラム作りをしているとき、ラッセルの気持ちが分からなくないと思うときが私にもあった。

もちろん私のただの絵作り遊びに、数学の大革命のキッカケをつくったラッセル先生をもちだすのは噴飯ものだが。

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私の自作のBASICプログラムには、一応、バグ指摘用のプログラムも組み込んであって、もしバグがあれば、その発生理由と発生場所を教えてくれるようにしてあった。


ある日ある時、其のプログラムを作って走らせたら、ちっとも動作してくれない。

組み込んであるバグ発見用のプグラムでの指摘はなにもなかった。

正常なプログラムのはずである。
しかし、動作しないのである。

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「おかしいな・おかしいな」 と思いつつ、半日、あれやこれやと調べ続けた。

「いいかげん、やんなっちゃた」 と放り投げようとして、そのプログラムの或るところをフトと見たら、コンマ(,)にすべきところを、ドット(.)にしていたのだ !!

最近、私は眼も悪くなってきて、, と . も、よく識別できなかったのだった。

およそ半日、私は、, と . に振り回されていた。
自作のバグ発見プログラムは、そこまでは面倒を見てくれなかったのだ。

それこそ『いい大人(おとな)が、こんなコトしてていいの』と思わなくもなかった。

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私の場合は、ただのお遊びだから、どうでもよいことだが、これが仕事となるとコトは重大である。

時々、『***会社の計算機システムが動作しなくて大騒動』というニュースを新聞で見たりすることがある。

私はそういうとき、そのシステム設計担当者の蒼い心情に同情せざるを得ないのである。