2016年7月20日水曜日

舛添問題で思うこと

以下のようなことを書くと、恐らく、石の「つぶて」が四方から私めがけて飛んでくるだろう。

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ノンポリという言葉は、もはや死語になったのかも知れないが、私はノンポリである。政治一般に、正直、無関心な輩である。

例の舛添「問題」も詳細どころか概略さえも知らないし、興味もない。

ただ、私みたいな者にも、舛添「問題」が、嫌でも目に入ってきて、その「問題」の「へんりん」を知らされる。

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何を此処で私が言いたいかを先に喋ってしまうと、チマチマしたコトに、どうして此の国の人たちは、カリカリと怒るのだろうか、ということである。

『チマチマしたこと』と私は書いた。いや『チマチマした』ことではない、と言う人もいるだろう。

しかし、私は 『詰まらんことに、そうカリカリするなよ』 とシラケるのである。

惑星の大きな断片が地球に落下してくるわけでもあるまいに、と私はシラケるのである。

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私から見て、舛添の失敗は、始めに言ったことを、誰が何と言おうと、最後まで断固として、はねのけなかったことである。

足を引っ張るヤツは必ず居るものだ。

「出るクギは打たれる」は今生の真理なのだ。

その「打つ」ことにのみ己の存在意義を見出すヤツは必ず居るものだ。

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『李下(りか)に冠(かんむり)を正さず』とか『瓜田(かでん)に履(くつ)を入れず』という言葉がある。

今生においては、特に、お偉いさん達には必須の名言ではあろう。

ただ、私が思うところの本物の人物とは、これらの言葉に迷うことなく、自らの道を誰が何と言おうが、つき進むような「頑固者」のことだ。

そんな人物が此の国には少ないと思うのは私だけだろうか。