今回も或る女性の話である。
『心の灯の会』には常連が5,6名いたが、定例の会を開くたびに新人がきた。たいていは、一回出席して二度と来ない人が多かった。
或る定例の会のとき、一人の若い女性が現れた。
仮に Dさんと呼ぶ。
『心の灯の会』は定例の会が終わると、都内の喫茶店で出席者が談合するのが常だった。
その喫茶店での話である。上記した Dさんは、たまたま私の横に座った。
この Dさんは、細身の体で、いかにも下町風な氣さくな人で、若いにも関わらず、顔には化粧らしきものは一切していなかった。 また爪にはマニュキュアも指輪もしてなく、ただ歯が実に白かったのが、私の印象に残った。
なにかの話題のとき、この女性はサラリと、こう言った。
『わたしんちは貧乏なのよ』
その言いかたには、なんの気張りや虚勢らしきものはなかった。
私とは氣があったのだろう。どんな話をしたか忘れてしまったが、多いに喋りあった気がする。
しかし次回の会のときは Dさんは現われなかった。
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『心の灯の会』では、会員を増やすために、定例の会に出席して二度と現れなかった人たちに対して、出席を促す葉書を、常連たちが手分けして出すことがあった。
出す相手は特定の選別はなく、常連たちが勝手に山わけして出していた。
住所、氏名は出席したとき書くことになっていたから、それらは分かっていた。
(しかし、Dさんの名前は今や忘れてしまった)
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私が出した一人に、上記したDさんがいた。
特に彼女を選んだわけではなく、「山分け」の中に、たまたまDさんがあったのである。
その葉書を見たためだろう、彼女が、或るときの定例の会に主席した。
私は其の定例の会には、たまたま出席しなかった。
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後日、私の家内・・・常連の一人だったが・・・から聞いたことだが、例の喫茶店での談合のとき、Dさんは談合の合間に、こう言ったそうである。私の名を仮に Zにでもしておくと、
『ところで、 Zさんは、どうしたの?』
今回の話は、ただ、それだけの話である。
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私が、Dさんという人物に好感をもったのは確かであった。
Dさんが私を、どう思っていたかは私は知らない。
私が Dさんに出席の葉書を出しておきながら、私が出席しないことに立腹したのかも知れない。
それ以来、Dさんは『心の灯の会』に姿を現すことはなかった。
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ただ、私が現在、『心の灯の会』を思い出すとき、Dさんに対して、或る懐かしみを感ずる。
あれから約半世紀が過ぎた。
『袖触れ合うのも何かの縁』という言葉があるが、 Dさんは、其の後、どんな人生を、歩んだのだろうか。