目出度く、私は先の記事に書いた会社に勤めることになった。
その会社は、吉祥寺の駅から、井之頭公園の中を通って十分足らずの所にあった。
こうかくと、『ああ、あの会社か』と気付く人もあるかも知れない。
しかし、もう約半世紀の前の話だから、井之頭公園も其の会社も、どうなっているのか私は知らない。
ともかく当時は其の会社のサラリーマン達は、定時を過ぎると、ぞろぞろと井之頭公園の中を歩いて帰る人が多かった。
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以下の話は井之頭公園とは関係はないが、私には忘れ難き思い出がある。と言っても、ごたいそうな話ではない。
この頃のサラリーマンは残業するのが日常茶飯事だった。
その残業をするとき、定時 (午後五時) 後、会社内で、とりあえずの 「腹ごしらえ」 の夕飯として、社内の食堂の、安直なカケソバを食う人が多かった。
或るとき、私は、ひどい歯痛を感じていた。虫歯である。しかし、残業をしなければならなかった。
そこで、歯痛を我慢して例のソバを食い、そのまま会社の近くの歯医者へ駆けこんだ。
そして診てもらった。若い先生だった。
私が口を大きく開けて、その先生が其の口の中を覗くないなや、憮然として言ったものだった。
『おい、口を中を、すすげよ』
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私は今でも歯医者にいくことがある。
そういうとき、若き日の私の此の無頓着さ加減を、或る懐かしみをもって、人知れず微笑するのである。