2016年8月14日日曜日

いろいろな猫のこと(その5)

4.『一代目テンチャン』のこと。

この子猫のことは私は、よく覚えている。今まで書いてきたように、私が見知らぬ子猫と出会うのは、一つのパターンがあった。この場合もそうであった。

私ども夫婦が犬を連れてルーチン化した散歩道を歩いている場所には、鬱蒼とした竹藪があった。

その竹藪の生え際の所から子猫の鳴き声が聞こえてきた。正直、私は思った。どうせまた、捨て猫だろう、と。しかし、私の性分だろうが、自宅へ連れて帰った。

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『テンチャン』 と名付けたのは、この子猫はエサを食べた後、必ず、鼻のあたりに、食べカス付けていたからであった。

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この猫は、幼い頃、家内の鏡台の場所で、家内と、よく 『いない、いない、ば~』 の遊びをした。子猫というものは、どの猫もそうだろうが、こういう遊びが大好きである。

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今、この猫で思い出すのは、家内との 『いない、いない、ば~』 で、喜ぶテンチャンの幼い鳴き声である。

この猫は成長してから、いつか知らない間に、我が家から居なくなった。
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5.『二代目テンチャン』のこと。

私の家の北側には狭い水路が在る。或る日、その水路の傍で近所の子供たちが、なにやら騒いでいた。

なに事かと思って、家内が其処へ行ってみると、水路・・・そのときは其の水路には雨水は流れていなかった・・・の底あたりで、子猫が、おびえていた。

そこで家内が、家に其の子猫を抱えてきた。これが 『二代目テンチャン』 が我々と同居することになった発端であった。

『二代目テンチャン』 と名付けたのは、『一代目テンチャン』 が家から居なくなった直後に上記のコトがあったからである。

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この子猫は、素性は全く分からなかったが、ともかく体が汚れていた。

水路と言っても、当時は、「どぶ」に近い状態だった。

この子猫の体には蚤(のみ)が、たくさん、いた。

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家内の友人で、何とか言う、やんごとなき苗字の、上品な女性がいた。

その女性は、大変、小柄な人で、風の強い日には飛ばされてしまうので、外出は、しないとのことであった。

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この、やんごとなき上品な人が、よく、『二代目テンチャン』 の体に、たかった蚤を、セッセと爪で、とって潰してくれたものだった。

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また、こんなことも、あった。

この子猫が初めて私の自宅に来たとき、エサを食べた後に、はしゃいで、いきなり家の外に跳び出ていった。

そして家の外の様子を知らない此の猫は、水路へと飛び降りた。私は急いで後を追った。そしたら此の猫は、水路の底の水溜まりの傍で、ブルブル震えていた。

もし其の水路に、雨によって水が流れていたら、この子猫の命は奪われていたかも知れない。

この水路は豪雨の後などでは、その水流の強さによって、人間の大人でも、押しながされる危険な場所だったからである。

この子猫にとって幸いだったのは、その水路には水が枯れていたことであった。

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以上、私と今生で、たまたま出会った猫たちのコトを書いてきた。

ここには書ききれなかった「思い出」は、どの猫たちにもある。

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思えば、猫に限らず、今生で出会うということは、全く稀有なことだ。

私たちは何気なく、日々を当たり前のように過ごしているが、実は、其の 「あたりまえ 」は、決して 「あたりまえなコト」 ではなく、人間の思考では及びもつかない、或る「運命的なモノ」が有る、と私は思っている。