2016年8月15日月曜日

カントールの『連続体仮説』への妄想

私はカントールの超限集合論が其の名前からして惚れ込んでいる。
 ここで今更言うまでもなく、私は超度級の素人だが、一般読者向けの其の方面の本を乱読してきた。だから此の仮説の私なりの思いというか、独断、錯覚、珍想があって、私は此の初夏の空を眺めながら、この仮説に我が想いを馳せるのである。
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連続体仮説つぅのはね、と此処で説明して恥さらしするのも、ナンだから省略する。
とは言いながら下で珍解説したりするところが凡人の卑しいところ。
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偉い人の本によると此の仮説は現代の数学では是とも非ともつかず、つまるところ今日只今の人間の理性を超越している凄いシロモノ。
無限には無限の階段があって、丁度、0,1,2,3,・・・と続くように、無限も、無限0,無限1,無限2,無限3・・・と続いている。
無限nは、無限n-1の全ての部分集合の集合の数だけあって、式で書くと、無限nの数(かず)=2^(無限n-1の数)というのが一般連続体仮説なんだそうだ。
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ここらは単なる文学的装飾文章なんぞではなく、キチンとした理屈がある。
と言うことは好き嫌いの問題ではなく世界の誰も異論できない話である。
私が文学に時として嫌気がさすのは、文学って結局は自己満足だなと思うときが私はある。
ところが数学は、およそ自己満足など無縁のササバサバとした世界。そこが魅力。
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それはどうでもよいが、ここで私の妄想が始まる。
 無限が無限の領域で、0,1,2,3・・・と離散的に続くのは何か不自然な気が私はする。
一応、有限の世界には数直線のような『連続なモノ』があるんだから、無限にも数直線のように『連続なモノ』があってもよいような気がする。
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と此処まで妄想してきたら、何が何だかわからなくなってきた。
そもそも、数直線の点の「数(かず)」が、カントールは 無限1 と主張したかったんだから・・・しかし証明は出来なかったし、前にも書いたように此の命題は現代数学の範疇外で、現在は誰にも分らないことになっている。
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もしかしたら、無限も0,1,2,3・・・のように離散的続くのではなく、一様に「連続的に」続いているのでは ?

と、そんな妄想を、私は、するが、結局は此れは私の嫌う文学的思考になってしまう (苦笑)。