今や過去の痛ましい「事件」になってしまったが、現在でも通ずる「事件」なので、あえて此処に書く。『ワタミ過労自殺』とは、ネットでの記載を引用すると、以下の「事件」だった。
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「体が痛いです。体が辛いです。気持ちが沈みます。早く動けません。どうか助けて下さい。誰か助けて下さい」
居酒屋チェーン大手「ワタミフードサービス」の新入社員で、平成20(2008)年6月に過労自殺した森美菜=当時(26)=がのこした手帳の文面だ。日付は5月15日。美菜は入社後1カ月半でこれを書き、1カ月もたたずに亡くなった。
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「過労」で自殺した娘さんの真の事情は所詮他人には窺がい知れないが、たぶん追い詰められた結果であろう。
死ぬくらいなら会社など辞めてしまえばいいのに、と私は無責任に思う。どんな手段をとっても。
彼女の両親を責める気は私はサラサラないが、とはいうものの、彼女の「労働」の異常さに気づかなかったのだろうか?
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「ブラック」企業の「若者の使い捨て」の実態は私は分からないが、『ワタミ過労自殺』は氷山の一角だろう。
いったん、使い捨てられたら、(正規)社員として、同一企業でなくても再就職は極めて困難な事情もあるのだろう。
いずれにせよ、今日は、いろいろな意味で多くの人々にとって、労働のみならず生存が困難な世情ではある。
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しかし若者は、たとえ困難な時代であっても「若さ」という何よりも貴重なモノがあるではないか。
その若い命を自ら断つということは、理由は何であれ、私には残念・無念だと思わざるを得ない。
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かくも呑気に言う私も餓死しない程度の「雀の涙」ほどの年金で、その日、その日を文字通り無為にすごしている。
言わば『座して死を待つ』だけの情けない状態ではあるのだが、やはり我が恥ずかしの人生を顧みても、しみじみ思うことは『若いということ』の貴重さだ。
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いつの時代でも、たとえ其の時代が若者にとって、どんな困難な時代でも、やはり『若さ』は何よりも代え難いものだ。
ワタミの娘さん(自殺当時26歳)も、過酷な言い方になるだろうが、ともかく生きのべるべきだった・・・・。
人はいつかは必ず死ぬ。だから彼女も先ずは自身の寿命までは生きてほしかった。