掲題の俳句は、私が好きな俳句の一つだ。
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この俳句について、私の忘れ難きデレビ紀行がある。
もう、かれこれ30年程前にな.るだろうか、民放で放送された、『森敦・われも、また奥のほそみち』 という単発の紀行番組があった。
ネットで調べたら、単行本も発行されているようだった。テレビ放送が先か、本が先か分からない。
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その番組では、森敦が、芭蕉の 「奥のわそみち」 ゆかりの土地・旧跡を訪ね、その旧跡での俳句の紹介や、その旧跡の風景が紹介がされた。
また、その風景を背景にして、「奥のほそみち」 の原文が朗読されるという番組だった。BGM は姫神だったのは覚えている。
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森敦が蚶満寺を訪れて、その住職から 「芭蕉象潟自詠懐紙」 とかいう書き物を見せられたとき、森敦が、「これは一体何と書いてあるのですか?」 と、あの独特な低い声で住職に尋ねる場面があった。
当然、森敦は、そのとき、その内容を知っていたはずだ。その質問は、テレビの視聴者に、この俳句の背景を教えるための演出に違いなかった。
住職が、この俳句の由来を説明するとき森敦は、微笑・首肯しながら、その説明を黙って聞いていたものだ。
演出とは言いながら、この場面は、森敦の人柄を感じさせ、そのときの森敦の穏やかな表情を、私は今でも思い出すことができる。
上記した住職が森敦に見せた俳句が、掲題の芭蕉の俳句だった。
私が此の俳句が好きな理由は、「しっとりとした余情と哀情」 が、その句に滲み出ているからである。
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この番組で、もう一つ、印象的だった映像がある。
それは、森敦が、芦野の遊行柳を訪れ、そこを、たち去るときの映像だった。
遊行柳と、その周辺の初夏の青い田んぼと、その中の細道を森敦が、とぼとぼと歩いていく姿が、望遠で写された。
この場面での BGM は、姫神の 「杜」 だったことは覚えている。
まさに 『田一枚 植えて立去る 柳かな』 。 これも忘れがたい映像だ。
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「芦野の遊行柳」 と言えば、私が元気な頃、私の自宅から比較的に近くにあったので、車で其処を訪れたことがある。
その桜は、芭蕉の頃から何代目かの桜であった。