1985年(昭和60年)8月12日月曜日18時56分に、東京(羽田)発大阪(伊丹)行同社定期123便ボーイング747SR-100(ジャンボジェットが、群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称「御巣鷹の尾根」)に墜落した。
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実は、その日、私と家内は、太平洋に面した千葉県の現 いすみ市大原に在る「大原オートキャンプ場」に居た。
私の務め先の、その年の夏の連休が、確か、8月11日から始まったので、私の現住所の栃木県の現・那須塩原市から、車で、遠路はるばる、大原オート・キャンプ場へ出かけたのが、8月12日の正午頃だったと思う。
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その頃、私は、オート・キャンプに凝っていた。
車は普通の車で、特に、オート・キャンプ用ではない。キャンプ用具も特に変わったモノはなく、安物ばかりだった。ただ、携帯用ラジオと 「折りたたみ式自転車」 は二台、もっていった。
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大原オート・キャンプ場に到着したのは、午後6時頃だったと思う。
意外と混んでいた。どこか、テントを張る所はないかと探したが、ゴミ捨て場の近くに空所があった。仕方なく、そこにテントをはった。
車の運転は私だけが行っていたので、私は疲れていた。
そこで、テントを張ったら、すぐテント内で体を仰向けにして休んでいた。
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キャンプ用の夕飯は家内が作っていたが、そのとき家内はラジオ聞いていて、私に向かって言った言葉を今でも覚えている。
『なんか、大きな事故が、おこったみたいよ』
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私は、『ふ~ん』 と答えて、別に関心はもたなかった。
私と家内は翌朝は、ラジオも聞かず、海岸に沿ってあった小道を自転車に乗って遊びんだものだった。その日の正午頃、再び、車で自宅へ戻った。
そして、キャンプ場で何気なく聞いた事故が、とんでもない事故だと知ったのだった。
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あれから30年余り経った。
なんだか私は、そんな昔のことのようには思われない気がする。